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「ディスタンス 〜間隔と感覚〜」出展で考えたこと

Log. / 2020.8.8

Log. / 「ディスタンス 〜間隔と感覚〜」出展で考えたこと

参加させていただいている尼崎での展覧会が8/1より始まりました。

ここまで表に打ち出した形でコンセプトを掲げた展覧会に出展した経験がなかったこと、現在の世情を考えるきっかけになるような内容だったこと、あと最近作品のことを誰かに話す機会がほとんどなかったので そのリハビリを兼ねて、展覧会テーマや出展することにした作品について、文章にしてみようと思います。

A-Lab Exhibition 「ディスタンス 〜間隔と感覚〜」

今回の展覧会は、タイトルのとおりこんな世の中だからこそ開催される展示になっています。

新型コロナウイルスの影響で生まれた、人同士の間隔をあける「ソーシャル・ディスタンス」という感染症対策を表す言葉からピックアップした「ディスタンス」をキーワードにした展覧会で、物理的な尺度だけでなく、精神的な距離、人とモノとの距離、記憶のような時間との距離など、様々な「距離」をテーマにしています。

6月ごろA-Labキュレーターの方にお声掛けいただき、出展を相談していく中で、以前制作したものの中から展覧会テーマに通ずる2作品を展示することになりました。

Mr.Faceboxメイト です。

今回の展覧会に向けてつくったわけではないものの、あらためて自分の作品について考え、展覧会コンセプトとつながる部分を感じることができたので出展を決めました。

普段から自分の感じたことを作品に込めるようにしていたり、普遍的な事柄をテーマにしていたので、いまの世情から生まれた今回の展覧会テーマにつながりやすかったのかなと思います。

Mr.Faceboxについて

写真:Mr.Facebox

A-Labに入ってすぐの受付ロビー横で展示している「Mr.Facebox」は、被った人の顔になる被りモノです。

口を開けると同じように口を開けたり、まばたきをするとまばたきをしたり、
黒目を動かすと黒目が動いたり、中の人の表情に合わせて被りモノの顔が動きます。

着ぐるみやお面などアナログな被りモノを、インターネット上のアバターなどデジタルなCGキャラクターのように自由に動かせたら? という流れで発想し、インタラクティブデザインの手法で形にしました。

つまり、Mr.Faceboxは、バーチャルなアバターを現実空間に組み込んだ空想未来を表現した作品です。

好きな服や好きな靴を選んで出かけるように、ネット上ではアバターを好きな見た目にカスタマイズするように、人はアイデンティティーを強調して生活しています。

感染症対策にマスクを着用することが当たり前になった最近の日常では、手作りのものや華やかなものなど、ユニークなデザインが登場し、マスクにもアイデンティティーを求めるという以前はあまりなかった風潮が生まれています。(手作りはそもそもマスク不足が原因ですが)

そんな「個性をカスタマイズできるパーツ」の延長として、Mr.Faceboxでは、好きな「顔」を選んで街を歩く世界を空想しています。

この姿で対面する世界になったら人と人との距離はよりあいまいになるはずです。

また、外出時に口にマスクをしていると顔が半分隠れていますよね。
逆にオンラインで自宅同士をつなぎ、ビデオ通話するときはマスクをする必要はありません。

顔が隠れているオフラインと、顔を見ることのできるオンライン。
どちらがより「対面」していると言えるでしょうか。

極端な話ですが、そういったことからも現実/オンラインの境界はあいまいになってきているのだと感じます。

メイトについて

写真:メイト
写真:メイト

会場の奥まで進むと、room3にて「メイト」という体験型インスタレーションを展示しています。

5色の光が床面に照射されており、好きな色の光の上に立つと壁面に設置されたライトが動き出し、同じ色のとんがり仲間ができます。体を傾けると同じように動いたり、ジャンプすると腕が出現したり、とんがりの仲間たちが体験者のマネをしながら動いてくれます。

メイトは、時間や場所、つながり方によって変化していく仲間の形をもとに制作しています。

何かのきっかけで友人が増えたり、いつのまにか疎遠になっていたり、
変化していく人のコミュニティ構造をモチーフにしています。

いまの世の中では人と人とのつながり方が変化してますよね。
実家に帰省することを自粛したり、リモートで打ち合わせをしたり、ビデオ通話で飲み会をしたり。

つながり方によって変わった人間関係もあるのではないでしょうか。
僕自身にも新しいつながりや無くなってしまったつながり、強くなったつながりがありました。

いまの世情によって変化してしまったつながり方は、不自然に感じることもあるかもしれませんが、どんな状況でも仲間とのつながりはゆっくり変化していくものと考えると、大きい流れの中では自然なことなのかもしれません。

メイトは、以前はとんがり帽子をかぶって体験する形式でしたが、今回は展覧会コンセプトに合わせてアップデートをしたディスタンスver.です。

新しい生活様式に合わせて非接触になるよう配慮した形でありつつ、
距離が離れていても仲間とつながれるよ、というメッセージを込めています。

アーティストの役割?

「コロナ時代の芸術、アーティストの役割は?」インタビュー時にいただいた質問です。
時代の役割と言えるほど大それた影響を生めるとは思っていないので、この質問はすごく困りました。

そもそもアートというジャンルに分類される作品は、目的の半分くらいは、利己的(自分のため)につくられていると思っているので、役割も何もないんじゃないかと。

僕の作品の場合は、お客さんに楽しんでもらうことに大切にして制作しているので、アトラクションとしてエンターテインメントの要素を多く持っています。そういう意味では人々の娯楽になるという役割は目指せるのかもしれません。

ただ、エンタメは、どのくらい多くの人が楽しんだか、どれくらい楽しいと思ったか。
アートと違って作品の価値を定量化できるジャンルだと思っています。

世の中には数多くのエンタメコンテンツがあって、ゲームや映画などたくさんの人気エンタメと同じ需要の中から選ばれなければ役割を見い出せません。 人々が娯楽に使う時間や体力を娯楽リソースとするなら、同じプールから人気エンタメを相手にリソースを取り合っていることになります。

ただでさえ体験型作品は複製が難しく、1点モノなので、一定の時間で体験できる人数は限られています。
さらに今の世の中、「場所」に足を運んで楽しむエンタメの需要は著しく減っています。

エンターテインメントとしての視点だけでみると、僕の作品の価値はかなり小さいです。なんてこった。

なので、僕がアーティストとしてできることはありません!という結論なのですが、
それだとさすがに寂しいので強いて挙げるとしたらを考えてみました。

技術的な仕掛けを取り入れたものだと、
こんなこともできるんだ!という気づきを持ってくれる観賞者がいます。

目新しい体験が好きな方が、いまの世の中のハードルを越えて展覧会を観に来てくれるかもしれません

作品を体験してくれたキッズたちが発想豊かに育ち、
将来クリエイターになることの一助になっているかもしません

僕のアーティストの役割を強いてあげるとしたら、こんな世の中でも「ものづくりは楽しい!」と感じてもらえるような作品制作をすることなのかと思います。

今後の制作について

新しい生活様式になり、気軽に展覧会に足を運ぶことが難しくなった今の世の中で、本当にアーティストとして伝えたいことがあるとしたら、今までと違う届け方を考える必要があるのだと思います。

僕の作品のコアも表現の手前にあって、必ずしも体験型インスタレーション作品で表現する必要はないので、アーティストとしては、変化し続けて新しい表現手法を模索していくことなのかと思います。

とかなんとか言いつつ、最近あたまでっかちに考え過ぎなので、ピュアな創作意欲になされるがままにつくりたい自分もいます。

マンガを書いたり、音楽をつくったり、これまで経験のないことにも挑戦したい。

がんばるぞ

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WRITTEN BY YAMATO HONDA